現世と異世界六花【元スロ外伝】

結城らぴ

11 魔法と██の可能性

「異世界と現実世界の事件が繋がっている、ってどういう事ですか!?」
「まあ、まあ落ち着いて。ほら紅茶でも飲んでさ。あ、ココアもあるよ」

 落ち着いてられるかぁぁ!

 ていうか魔王せかいは結晶を通じて、なんとか異世界から現実世界に干渉しているんでしょ? 紅茶送れなくない? ……って、そういう事は今どうでも良くて。

「あの、もう一度聞きます。繋がっているってどういう事ですか?」
「厳密に言うと、魔法が関係している事件が高確率で繋がるんだ。」
「なるほど?」

 せかいは一旦、間を開けてまた話し始める。

「話を少しズラすけど、さっき変な奴が死に至らなかった?」
「ああ、あの『僕の声真似聞いて聞いてもらっていいですかー?』の人ね」
「そう、エピオンさんね。ゲルムスタシア王国の第三王子の」
「さっきの変な奴が、現実世界のエピオン!?」
「そうだよ。エピオンもらぴさんによる魔法で殺されたから、現実世界でも死んだんだ。事故当時、らぴさんが近くに居たと思う。つまりはそういう事だ」

 思ってもみなかったことで驚く。いやあれは確実に相手の不注意による事故じゃないの?

 確かにゲルムスタシア王国の第三王子が殺されたっていう話をどこかで聞いたことがあるけど。そこも繋がっているのね。ていうかあれってらぴちゃんさんが殺してたんだ。

「そうなると…………」

 ちょっと今、嫌な想像をしてしまった。

 異世界内で殺された場合、こちらの現実世界でも死ぬ。ということは……。

「魔王せかいさん、ちょっといい?」
「なにかな」
「これって、異世界でしからさんによる暗黒魔法で死んだ私も、現実世界でも死んでしまうの?」
「…………あまり言いたく無いけど、その可能性は高いかな」

 なんとも言えない気持ちになり、私は俯いて手を強く握った。

「いつ死ぬか、分かったりする?」
「それはいくら1つの世界を支配した魔王でも分からないかな。分かるとしたら、この炎で死ぬ可能性があるってことくらい」
「……あ」

 話が盛り上がりすぎてすっかり忘れていたけど、屋台は燃えているままだった。

 ラピちゃんさんの方を見ると、どこからともなく十字架を取り出して一生懸命「神様仏様ぁぁ」とかなんとか言っている。何も対処せず神頼みなところから、かなりパニクっているのが分かる。やばいなこれ。

「で、でもどうしよう。この世界では魔法は使えないだろうし……」
「あ、使えるよ?」

 魔王せかいさんが結晶の中からそう言う。

「え?」
「普通、現実世界では魔法なんか使えないんだけどね。今は一部の世界達のバランスがバグっていて、しかも六花さんは元々魔法のある世界出身の魂を持っているから、頑張れば80%くらいの力は容易く出せるはずだ」
「そ、そう言われても……」

 未知の場所で怖くて手足が動かず、ただ炎を見つめているだけ。周りに人は魔王せかいさんが喋っている結晶と、なんかめっちゃパニクってるらぴちゃんさん、そして火が広がって何事かと見に来た通行人がざっと10人くらい。通行人は私達からかなり距離を置いた所に立っていて、皆困惑しているみたい。

 にしても、なんで通行人の人達は私達の傍に来ないんだろう。ただ単に火が怖いのか。いや……。

「……魔王せかいさん、関係無い話だけど、先に確認しておきたいことがあるんだけど」
「なになに?」
「この結晶って、一般人からは見えてるの?」
「あ、見えてないね。六花さんは今空中に話しかけている変な人になってるよ」
「はぁ!?」

 通行人が距離を取っている理由が分かった。そりゃ空中に話しかけている人と十字架持って必死に神頼みしているしている謎の人物に近付きたく無いよね。

 ――私はこの世界の住民じゃないし、魂を見つけたらそのまま帰るつもりだから、この世界での火災なんて言ってしまえば知ったこっちゃない立場だ。

 それでも人として、魔法が使える者として、この事態を見てみぬふりなんてできない。

「災を止めるような魔法なんて得意ではないけど、やるしかないわね」
「お、そうこなくっちゃ! お嬢様」

 今、魔王せかいさん、私に向かってお嬢様って言った? まあ別にいいけどさ。

 私はらぴちゃんさんの真横に立ち、遠くから炎が広がる屋台に腕を伸ばすように手をかざし、目を軽く閉じたまま詠唱を唱え始める。

「硬く閉ざされた大地よ、エネジーの吸収を掴み……」

 段々と手の中に半透明で美しい液状のエネルギーが視界の下からブクブクと音を立て浮き出てき、溜まってゆく。

「アースウォーター・アブソーブ!」

 そう言葉を力強く放った瞬間、まるで炎に引っ張られるかのように半透明のエネルギーが炎の中へと吸い取られたかと思えば、直後に液状のエネルギーが派手に爆発して辺りには爆発音だけが響く。目を開けるのが困難な程の爆風が火元の方から後ろへと通り過ぎてゆき、髪が強くなびいた。

 やっと風が収まり、目を開いて前を見ると広がり始めていた部分が徐々に鎮火していっている。

 屋台は焼かれて丸焦げになっており、周りにあった街路樹や建物も、炎が広がってしまっていた場所は黒く焦げてしまい、まるで骨しか残っていない。そしてその黒焦げになってしまった骨からはピチョンと水の滴る音が聞こえる。

「なに……さっきの…………」

 らぴちゃんさんは勿論、通りがかった人々も何が起きたか状況が飲み込めず、目を見開いて固まっている。

 これは大地魔法を利用した水素爆弾魔法。大地の中にある僅かな水分を吸収し、手の中で圧縮して水量を大幅増加させる。そこそこ技術が必要な魔法だ。

 大地への負担と体力的な問題を総合的に考えると緊急時に使うのが妥当で、今まで使った事はほとんど無い。それでも成功して良かった。

 一安心していると、背後から歓声が聞こえてきた。

「女神様だ!」
「信じられない……」
「カメラカメラ!」
「六花さん、こんな事ができたの!? なにかのドッキリ!?」

 振り返ると、私の魔法を見ていた人達がこちらを輝かしい目で見ている。らぴちゃんさんはドッキリを疑っているみたいだけど。

「へ……?」

 なんで魔法を使ったくらいで大げさな……そこまでこの火災って致命的な事だったの?

 ――いや、まて。私の世界での魔法は当たり前の事だけど、この世界の人達にとって魔法は未知なる物だ。つまり今私はこの場の人達にとんでもない場面を目撃させた事にならない?

 これ結構やばいかもしれないな。もしかしてこの世界では魔法をちょーっと使うだけでチヤホヤされちゃう……!?

 ふふふ、めっちゃ良い事思いついた。

「へへへ、えへへ、ふへへ……」
「なんか六花さん顔やばいよ……」

 らぴちゃんさんに注意された。いけない。私はこの世界でチヤホヤされに来た訳じゃないのに!

 そんな考え事をしていると、人だかりは何故かどんどん大きくなっていく。「ここに未知なる力を持った少女がいると聞いて」的な感じだろうか。ついには赤い乗り物みたいなのも来た。

「火事の現場はここですか?」
「そうです。ですが、あの少女によって鎮火されたようです」
「少女……?」
「はい、信じられませんが」

 こんな会話が人だかりから聞こえてくる。

 うーん、ここまで騒がしくなられるとお姉さん困っちゃう。私は元の世界に戻ってKOHA9さんとスローライフできればいいのっ!

「魔王せかいさん、なんかやばい騒ぎになっちゃったんだけど、どうすれば……って」

 い、いない。さっきまで確かにあった魔王せかいの通信手段である結晶が跡形もなく消えてる。これは面倒事になりそうだなと、どこかのタイミングで逃げたな。それかティータイムを楽しんでいるか。うわー悔しー!

 よし、お姉さんも逃げ出そう。キョロキョロと辺りを見渡し、しれっと路地裏へ入って行くことにした。そろーり、そろーりと……。

「ちょっと、六花さん。どこ行くの?」

 不思議に思われたのか、らぴちゃんさんが背後から声を掛けてきた。やめてくれ、今お姉さんはこの騒ぎから逃げ出したいんだ。

「あの少女がどこかへ行くぞ!」
「うっそぉ!」
「追わないと!」

 ほら、らぴちゃんさんのせいでなんか逃げ出そうとしてるの気付かれたんだけど!

 バレてしまっては仕方が無い。逃げるが勝ちだ。

 こうして私は全力疾走で路地裏を駆け抜けていくのであった。あ、らぴちゃんさんは体力無さすぎたから置いていったよ。ごめん、そしてバイバイ。